映画『ヒート』は紛うことなき名作
昔ほど読めていませんが、私は小説や漫画が好きで読んでいます。
そのせいか、偏愛が酷いのです。特に好きな作品の場合が顕著で、小説や漫画の実写映画化やドラマ化となると(ま〜た原作人気に安易に乗っかっただけの原作改悪実写化映像作品が生まれるのか)とげんなりしてしまいます。
映像化作品制作側から、原作への愛が感じられないんですよね。意味不明な改変や改悪はまじで勘弁してほしいです。
まったく、なんで余計な手を加えたがるかな。下手なことは考えずに、そのまま忠実に再現してくれればいいものを。まあ、それはそれでなんの捻りも面白みもない映像化、と叩かれるでしょうし、そこだけは可愛そうだなと同情しますけど。
私は基本的には原作小説や漫画の映像化作品は観ません。何度か惨状をこの目にしたことで、ついに学習したのです。期待してはならないと。
ただし、何事にも例外はあります。何でもかんでも、小説や漫画の映像化を毛嫌いしているわけではありません。
その例外とは、原作作品を読むより先に映像化作品を観た場合です。
特に小説を原作とした映像化作品ですね。
私は小説を読むとき、頭の中にその場面を想像しながら読んでいるんですけど、先に映像化作品を観ると読書中の頭の中での映像化がイメージしやすくて助かる、という面があります。
逆に、先に原作を読んでしまうと、頭の中で自分の解釈なりのその作品の世界観が構築されて、しかもそれが必要以上に美化される傾向があるものですから、好きな作品であればあるほど、自分なりの世界観と映像化作品とのギャップに憤慨することになります。
先に映像化作品を観ると、頭の中での小説の映像化の基準が映画やドラマになるため、ギャップが生じにくくなり受け入れやすくなるのです。
それなら先にドラマや映画を観てから原作を読めばいいのでは、という意見もあると思うんですけど、ほぼほぼ原作を超えてくる映像化はないので、どちらが先にしろ原作のほうが面白いという事実は揺るぎません。
映画化やドラマ化で話題となって原作小説の存在を知って、面白そうだなと思ったら、映像作品は観ずに原作小説を読みます。
ただ、稀にですが、原作超えを果たす映像作品もあります。
そのひとつが、映画『ヒート』です。
敏腕刑事アル・パチーノ対怪盗紳士ロバート・デ・ニーロ。このふたりの対比、対決がめちゃくちゃかっこよくて痺れるのです。
用意周到で緻密な強盗プランを企て、手際よく計画を実行し速やかに消えるデ・ニーロ率いる強盗団。ある日、厄介者をチームに引き込んでしまったことから計画に綻びが生じ、その綻びを嗅ぎつけたアル・パチーノが執念深く追い詰めていく、という手に汗握るストーリー。
ただ刑事対強盗団というスリリングなアクションが描かれているだけでなくて、その背後の複雑な家庭環境とか、ひょんなことから己の信条に反する恋に落ちてしまったりだとか、息苦しくも必死にもがいていたり、空虚な生活に温もりが訪れたり、丁寧で重厚な背景に思わず引き込まれます。
ロバート・デ・ニーロがまた渋くてかっこいいんですよねぇ。強盗役なので本来であれば悪役なんでしょうけど、妙に感情移入してしまいます。
頼む、逃げ切ってくれ。強盗役にそんな祈るように見入ってしまう犯罪映画も珍しいでしょう。
映画がめちゃくちゃ面白かったのであとから原作小説を購入し、映画のキャストをそのまま思い浮かべながら読みました。原作も面白かったですけど、こればっかりは映画の勝ちですね。
さすがマイケル・マン監督。人気に乗っかっただけの映像化製作委員会とはわけが違いますよ。